大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(ワ)4458号 判決

原告

栗原洋子

被告

斎藤晴義

主文

一  被告は、原告に対し、一八二一万三八一八円及び内金一七二一万三八一八円に対する昭和六一年八月一九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二五三七万八一八二円及び内金二三〇七万八一八二円に対する昭和六一年八月一九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求の原因

一  本件事故の発生

1  日時 昭和六一年八月一九日午後三時五〇分ころ

2  場所 静岡県浜松市東伊場二丁目六番七号先交差点付近

3  加害車両 普通乗用自動車(浜松五七ひ九三四〇号)

右運転者 被告

4  被害者 相曽その

5  事故態様 被告が加害車両を運転して本件現場を進行中、同一方向に向け歩行中の被害者と衝突した。

6  被害結果 被害者は、本件事故により脳挫傷等の傷害を負い、入院治療を受けていたが昭和六二年四月一七日右脳挫傷を原因とする細菌性肺炎により死亡した。

二  責任原因

1  被告は、加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していたから自賠法三条の責任を負う。

2  被告は、加害車両を運転して、本件現場である交通整理の行われていない横断歩道の設けられている交差点にさしかかつたのであるから、自動車運転者として進路前方、左右を注視し、横断歩道上は勿論、歩道近くの歩行者が進路上に出現することを考慮し、歩行者の有無を十分確認して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、単に減速したのみで右方通路からの通行車両に気を取られ、前方不注視のまま時速二五ないし三〇キロメートルで進行した過失により、折から進路左側横断歩道寄りを同一方向に向け日傘をさして歩行中の被害者を未発見のまま、加害車両左前部を被害者に衝突させて転倒させ、前記傷害を負わせた。

三  損害

1  治療費 七一六万一八二〇円

2  付添看護費 七八万四六二八円

被害者は、昭和六一年八月一九日から同年一一月二二日まで静岡医療センター、同月二二日から昭和六二年一月五日まで西山病院、同月五日から同年四月一七日まで松戸市立病院で入院加療を余儀なくされた。右いずれの病院も職業付添人を付けることは禁止されており、病院は、原告に対し、近親者の付添いを要求した。実際上、被害者の看護のためには近親者の付添いが必要不可欠であつた。そのため、原告は、自己の経営する医院を休診にして、その看護に勤めざるをえなかつた。原告の本件事故前五年間の平均年収は七五四万四六一四円であり、稼働日数は二五〇日であるから、一日当たりに換算すると三万〇一七八円となるところ、付添看護のために休診した日数は、半日休診した場合は〇・五日として計算すると二六日となるので、原告の付添看護費は七八万四六二八円となる。

3  入院雑費 五一万三一一二円

おむつ代・雑費 三二万〇六〇二円

洗濯代 一三万〇三八〇円

文書料 一万九五〇〇円

紙おむつ代 四万二六三〇円

4  交通費 一七八万二一八〇円

原告が昭和六一年八月一九日から同年一〇月四日まで、同月五日から昭和六十二年四月一七日までに要した交通費一七八万二一八〇円である。

5  医師及び看護婦への謝礼 一〇万円

6  葬儀費用 一〇〇万円

7  逸失利益 三九一万三五五四円

被害者は、厚生年金を受給していたが、昭和六一年度の受給額は六九万八八四九円であり、被害者の死亡時の年齢は八〇歳であり、その平均余命は八年であるから、生活費控除を三〇パーセントとし、その逸失利益を計算すると三九一万三五五四円となる。

8  入院慰謝料 二二八万円

被害者の入院期間約八か月に対応する慰謝料である。

9  死亡慰謝料 一五〇〇万円

10  弁護士費用 二三〇万円

四  相続

原告は、被害者の唯一の相続人である。

五  よつて、原告は、被告に対し、前記損害額合計から概払額を控除した二五八〇万〇七五二円及びこれから前記弁護士費用を控除した内金二三五〇万〇七五二円に対する本件事故日である昭和六一年八月一九日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三請求の原因に対する認否

一  請求の原因一項については認める。

二  同二項については認める

三  同三項については、1は認め、その余は不知ないし争う。

四  同四項については認める。

五  同五項については争う。

第四証拠

本件記録中証拠関係目録記載のとおりである。

理由

一  請求の原因一項(本件事故の発生)及び請求の原因二項(責任原因)については当事者間に争いはなく、右争いのない事実によれば、被告は、原告が本件事故によつて被つた損害を賠償すべき責任がある。

二  損害

1  治療費 七一六万一八二〇円

当事者間に争いはないので、七一六万一八二〇円の治療費が認められる。

2  付添看護費 七一万六〇〇〇円

成立に争いのない甲第二号証、甲第一三号証、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第六号証、甲第七号証、甲第一二号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、被害者は、本件事故により脳挫傷等の傷害を負い、昭和六一年八月一九日から同年一一月二二日まで静岡県立医療センター、同月二二日から昭和六二年一月五日まで西山病院、同月五日から同年四月一七日まで松戸市立病院で入院加療を受け、その間、一七九日を原告が付添看護をなしたことが認められるものの、右いずれの病院も完全看護のシステムを取つており、看護システムとしては付添看護は不要であり、きめ細かな看護は被害者にとつて望ましいものではあるとしても、医療機関が完全看護のシステムを取つていれば、それをもつて付添看護を受けていたものとするのが相当であるが、本件事故の被害者の場合は、被害者に両便失禁状態等があり、その対処のため、右完全看護のシステムとは離れた付添いが別に必要でありたものと認められるので、この分の付添費用としては一日四〇〇〇円が相当と認められ、付添い必要日数としては一七九日が相当と認められるので、合計七一万六〇〇〇円の付添費用が相当と認められる。

3  入院雑費 五一万三一一二円

甲第一三号証、成立に争いのない乙第一号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、被害者の入院治療中に、おむつ代・雑費として三二万〇六〇二円、洗濯代として一三万〇三八〇円、文書料として一万九五〇〇円、紙おむつ代として四万二六三〇円の合計五一万三一一二円の入院雑費を要したことが認められる。

4  交通費 〇円

原告が被害者の付添看護をなしたため交通費を支出したとしても、被害者が入院加療を受けていた前記病院は、完全看護のシステムを取つている病院で、原告が付添看護をしたとしても、原告でなければならなかつた必要性、相当性は認められず、前記付添いのための交通費は、前記付添費用でまかなわれるものとするのが相当であるから、原告の支出した交通費は本件事故と相当因果関係があるものとは認められない。

5  医師及び看護婦への謝礼 〇円

原告本人尋問の結果には、原告主張に添う部分もあるが、医師及び看護婦への謝礼として一〇万円を支払つたと未だ認めるに足りず、その必要性、相当性も認められない。

6  葬儀費用 一〇〇万円

原告本人尋問の結果によれば、原告は、被害者の葬儀を営み、少なくとも一〇〇万円の葬儀費用を要したことが認められる。

7  逸失利益 〇円

被害者が受給していた厚生年金は、被害者の生活保障を目的とし、全てが被害者の生活費に当てられることを予定しているものであり、相続性を肯定できないから、他に被害者が稼働収入を得ていたものと認めるに足りる証拠もないので、逸失利益は認められない。

8  入院慰謝料 二二八万円

甲第二号証、成立に争いのない甲第一号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、被害者は、本件事故により脳挫傷等の傷害を負い、昭和六一年八月一九日から昭和六二年四月一七日まで入院加療を余儀なくされたが、約八か月の間、意識障害、四肢麻痺、四肢屈曲拘縮、咀嚼・嚥下障害、両便失禁状態等で病床に呻吟したものであり、その他諸事情を考慮すると、これにより被つた精神的苦痛を慰謝するためには二二八万円の慰謝料が相当と認められる。

9  死亡慰謝料 一五〇〇万円

被害者は、本件事故で負つた脳挫傷による外傷性水頭症により細菌性肺炎となり、昭和六二年四月一七日に死亡したものであるが、本件事故の態様、加害者である被告の被害者らに対する謝罪の不足、被害者の年齢、性別、収入、資産、家族関係、その他諸事情を考慮すると、これにより被つた精神的苦痛を慰謝するためには一五〇〇万円の慰謝料が相当と認められる。

10  以上損害額合計 二六六七万〇九三二円

四  相続

原告が被害者の唯一の相続人であることについては当事者間に争いはない。

五  填補 九四五万七一一四円

原告が被告から九五四万七六五四円の支払いを受けたことについては当事者間に争いはないが、弁論の全趣旨によれば、内金九万〇五四〇円は、原告が本訴において請求していない西山病院から松戸市立病院へ転院した際に要したタクシー代として支払われたものと認められるから、填補分としては考慮しないのが相当である。

六  弁護士費用 一〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告が本訴を原告代理人に委任し、弁護士費用を要したことが認められるところ、本件審理の経過、認容額等からして、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては一〇〇万円が相当と認められる。

七  よつて、原告の請求は、被告に対し、前記損害額合計二六六七万〇九三二円及び前記弁護士費用一〇〇万円の合計二七六七万〇九三二円から填補額九四五万七一一四円を控除した一八二一万三八一八円及びこれから前記弁護士費用一〇〇万円を控除した内金一七二一万三八一八円に対する本件事故日である昭和六一年八月一九日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言については同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田卓)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例